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外資系キャリアとして、ある程度の地位まで上り詰め、自信も実績もあった2023年。私の人生は、経営陣の交代とともに一変しました。
待っていたのは、信じられないような降格人事。そして追い打ちをかけるような、早期退職制度の案内でした。
昨日までの功績が、組織の都合一つでリセットされる。 そんな現実に直面し、私は『会社に依存しない生き方』を模索し始めました。
しかし、その先に待っていたのは、100社応募しても5社しか面談に進めないという、50代転職活動の厳しすぎる洗礼だったのです……。」
冒頭:社畜として駆け抜けた20年
「病室でもメールチェック。20年間、会社は私の一部だった」
日本法人の立ち上げからかかわりました。失敗したくない。会社を盛り上げるんだと。
仕事が、気になり、入院中も手術当日もメールチェックをしてました。
いろんな窮地も乗り越え、いつのまにか社員が100人を超えるような会社になっていました。
それは、自分の子供がだんだん成長するかのようでした。
会社は、自分の一部だったのだと思います。
転換:涙の面談
「初めて会社で流した涙。積み上げた数億円の功績はリセットされた」
外資系だから?今までも経営陣の交代は、何度もありました。
今回の経営陣に変わるころ、私は、部長の次のところまで役職が上がっていました。
降格人事を告げられた時、私は、初めて会社で涙しました。悔しくて悔しくて。信じられないという気持ちが強く、悔しくて仕方なかったです。**「営業に戻り、もう一度、成績を出してください。」**と。
「半年で営業成績上位へ。それでも突きつけられた『早期退職』の現実」
そこから半年、営業成績は、上位。
しかし今度は、早期退職制度の説明を受けました。
功績(数億の売上)があっても、経営陣が変われば「いらない」とされる外資の冷徹さと、理不尽さを感じました。
自問自答:なぜ?
なぜこうなったのか?「若くないから?」「意見するから?」今も答えはわかりません
決意:会社に依存しない道へ
転職活動の洗礼(ライフシフトラボとの出会い)
- 「会社に依存せず、自分の価値を試したい」と50代向けのキャリアスクール(ライフシフトラボ)へ。
- 自分のキャリアの見直しを行い、転職へと導いてくれるこのスクールは、今まで転職活動をせずに50代になってしまった私には、とてもありがたいスクールだった。
- 自分のキャリアに自信はあった。けれど、現実は**「100社応募して、面談はたったの5社」**。
- 書類選考で落ち続ける日々。「自分はもう、社会に必要とされていないのか?」という孤独な戦いが始まりました。不安で、不安で仕方ありませんでした。
知人からの誘いと、拭えない「違和感」
- 以前の仲間から誘われて一度は就職しました。
- しかし、一度「会社という組織の理不尽」を見てしまった自分と、組織の論理との間に生じた**「ズレ」**が感じます。
- このままいたのでは、押しつぶされてしまうと悟り、退職することにしました。
結び:独立という決断
- 会社組織への転職を「諦めた」のではなく、自分の人生のハンドルを自分で握るために**「独立」**を選びました。
- 「あの涙があったから、今の自由があるのです」



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